生活習慣をどのようにして改善するか
個々人のそれぞれの行動は社会的に制御され、みんなでやることは正しいことになるし、それに抗うことは悪となる。
そのようにして意識下で行動は選ばれ、行われ、繰り返され、そして習慣は作られてきた。
家庭内においてすら、自分一人だけが歯を磨く習慣を改善しようとしても、それなりの抵抗がつきまとう。
よく噛むことについても、子供に学校から「早く食事をすませるよう家庭でしつけてください」などの注意があると、早く食べろと叱られたり、おしゃべりするなと注意されたりもする。(昭和56年2月21日,朝日新聞)
このような不理解による反対のために、習慣改善の実行困難な場合が多いのが実情であることをまず理解する必要がある。
ブラッシング習慣改善の補助的方法1人1人の努力をどのように力づけ、続けさせ、旧習からの脱出に成功させるかは、やる気になったとしても、多方面からのきめ細やかな援助がぜひ必要で、従来の指示あるいは注意をするだけが主治医の任務と意識している立場から、やる気にならせることだけでなく、達成まであらゆる援助を続ける新しい別の立場に立たなければならないことを明瞭に意識しなければならない(P.L.エントラルゴ著『治療参加から患者のための医療へ.医療の主体性の変換一医者と患者』109頁,平凡社)。
そもそも歯垢の異常成熟と異常な停滞は、万人一様ではない。歯垢の粘着度が蔗糖の摂取量に関係すること一つみても各々の差異は、その人の生活のあり方、食習慣に原因していることは明らかである。したがって、その理由を利用してブラッシングを容易にすることを考えなければならない。
ブラッシングの困難さを援助することのまず第一は、口腔諸条件の改善(前述)があるし、歯垢形成に対しては、まず蔗糖の摂取制限から始まる食生活の改善、そのために家族の理解と援助を要請し、進んでその他職場、友人などの理解と援助を求める協力を惜しまないことである。これらがすべてブラッシング習慣改善のための前準備であり、Goldmanのいうinitial preparation 必須初動(口腔健康回復)準備処置であるとも解釈できる。
これらの援助方法の1つ1つを性急に完成しようと努めるよりも、それぞれの一歩一歩の改善の相乗効果を十分理解する態度こそが必要であると思われる。
一般医科にあっても現在、投薬とその指示実行度(コンプライアンス)について論議されている(第3回プライマリーケアー学会、効果的な投薬のためのコンプライアンスの調査、岩崎栄、国立長崎中央病院内科医長、モダンメディシン、’80,8)ことなどは、この問題がようやく取り上げられ、始まろうとしていることを示している。適正なブラッシングの励行を約束したあと、再来時歯垢除去がそのとき十全に行われているからといって、回復の状態と相関させることには疑問が多い。ブラッシングによる歯垢除去が十分であるのにもかかわらず、回復が不十分であれば,これがこの人の回復の限度と見誤まる場合もあり得るからである。なぜならば,来院時のみ完全にブラッシングを行っている場合も間々あることを知らなければならない。これは医師の投薬に対する服薬指示実行度と病状改善の関係に似ている。
家庭や職場などにおけるブラッシングの実行度は、前にも述べた非常に多くの要因により左右される。特に現在まで、どんな形にせよ習慣となっている生活の型を少しでも変えることは、その人を取り巻くあらゆる人たちの理解ある協力がぜひ必要である。
適正なブラッシングには時間がかかることを十分認知させることから始める誰もが最初からブラッシングでいちばん困るのは時間がかかることである。時間を短縮し、効果を高めるために、蔗糖の歯垢に及ぼす影響を理解させ、砂糖の摂取の減量を試みさせる。歯垢の粘度を減じ、離脱しやすくすれば時間は短縮できるが、マッサージ効果は減弱する。だからブラッシングのマッサージ効果を補うために、食品の形態あるいは調理を変える。
擦過刺激を十分与えられる生野菜の大ぶりなもの、キューリ、セロリ、人参などを食後に食べさせることから始め、十分噛み砕くことと、唾液をできるだけ多量に分泌させる効果を、1903年ころからのフレッチャーリズムやわが国古来の正食法、あるいは最近の新聞紙面で再々大々的に取り上げられた食物中の発癌物質に対する唾液の免疫性と咀嚼と唾液分泌量(昭和55年11月24日、朝日新聞)などによって理解させ、必ず“一口50回噛み”を始めさせる。これができれば歯垢の付着粘着痩は極端に減少し、ブラッシングは容易で短時間で効果は上がる。
歯垢の異常停滞の度合は、その人の食生活に強く関係する。なぜ歯垢が多く停滞するかについては同腹の子犬2群についての食餌実験(Burwasser, P&Hill, T.J. : The effect of hard and soft diets on the gingival tissues of dogs. J.D.Res., 18:389,1939)、すなわち栄養素(餌の種類)の相違ではなく,食物の形態に関係していること、また、蔗糖摂取量、回数の問題が歯垢形成、細菌の粘着性物資産生を左右することから、その摂取の仕方にも強くかかわっている。
ブラッシングのむずかしさ、時間の長さに悩むときに、それを察知して機を逸することなく情報を提供することは、まさに教育の要諦とされる啐啄同時に当たるであろう。また食生活にかかわる調理、回数、食事中の食品の食べる順序などを正す食生活改善とともに、完全な咀嚼と呼吸法を励行することは、ブラッシングを容易にし、効果を高める。